生きていく読書

読書を生きていく糧に。そして理解しあえる世界に。

いい加減目を覚まさないと、と思うこと。

私の子供は高校2年生。

高校受験の時から大学進学を希望しており、高校のクラスも選抜クラスというガッツリ授業も授業後の講習もあるクラスに所属しています。

 

しかし、今まで一度たりとも塾へ行ったことがない。

高校受験までは進研ゼミの通信講座オンリーで、高校入学からは学校の授業と講習、合宿に参加しているだけ。

本人曰く、中学校の同級生はみんな塾へ行っていたけれど、塾のいい話は全く聞かなかったの嫌だから行かない。とのこと。

 

塾に行かなくても成績は良い。良いどころかトップクラスだ。

ひとまずの勝負は大学受験だから今の成績がいいからといって浮かれてはいけないと本人談(笑)。

であったとしても駿台模試で総合偏差値60というのはなかなか行かないと思うが。

 

で、本題。

うちの子のことはいろいろ言われる

 

えー!頭いいですねー

育て方はなにかコツがあるんですか?

 

と。 

 

世の中いろいろ本が出てますよね。

 …

子供の地頭を育てる〇〇のやりかた

賢い子供のおやはここが違う!

子供を東大に合格させた母親の〇〇のやりかた

 

昨日Amazonで検索してたらこれでもかというほど、

頭のいい子供、勉強ができる子供をどうやったら育てることができるか

というノウハウ本が出てきて、正直驚き呆れました。

 

どうしてこんな本が溢れているかはそれだけ需要がある、ということだろうけど、

それについて

世の中の親たちのほとんどは、

 

賢い子供

頭のいい子供

勉強のできる子供

いい大学に行く子供

 

を作りたがっているということ。

 

よく聞くのが

 

うちの子、勉強しないんで塾に通わせないと…

うちでは全然勉強しないんで困っているんです

えー!勉強が好きなんですか?いいですねーうちの子は勉強が嫌いなんで困ってますよ

 

この類の話ばっか。

そもそもみんな何か盲信していないか?

勉強できる子供はすばらしくて、できない子はもっと勉強しないといけない

勉強できないと困るから塾に行かせないといけない

いい大学に行かないと就職で困るから

 

はい、みんな盲信です。

いちいち理由に答えてもいいですが、ちょっと長くなりすぎるので短く(それでも長いか)

 

そもそも

なぜ勉強できる子供を育てたいのか、という部分。

社会に出て困るからという理由がおおいみたいだけれど

本人が困るというより、親が不安で困るということじゃないの?ぶっちゃけ。

 

それに

学校の勉強できても社会で認められるとも限らない

そもそも、社会に認められるということはお金儲けがちゃんとできる人のこと?

地頭がいいっていうけどそれって本当にいいことなの?

 

要は大人の親たちがそういうことを突き詰めて考えて子供と付き合っているのか?

世の中の惑わされてその場の雰囲気でものを考えたり言ったりしていないか?

そろそろそういうことに気づかないとマズイんじゃないの?と

 

話は横道に逸れます。

以前、絶対音感の本がベストセラーになって、絶対音感をつけることが素晴らしい、ということが異常なほど話題になったことがあるのを覚えていますか?

しかも、絶対音感は子供の頃にやらないと遅いらしいので、世の中の親はこぞってYA〇〇HA音楽教室などに子供を通わせたということです。

 

まさに浅はかを絵に描いたような話。

私は絶対音感どころか相対音感もないので合唱の音取りで苦労した方です。音取り苦手。

でも絶対音感を持つ人の悩みとして、なんの音でも音階に聞こえてしまうらしく、それが微妙に狂っていると気持ちが悪くなってきてしまうそうです。ピアノ調律師にもそういうかたのはなしをききます。

それに絶対音感の絶対とは西洋の音階についてのみいうもので他の民族にある様々な音階にはまったく通用しない。例えばバリ島のガムランに代表するペロッグ音階や日本の音階にも通用しない。

西洋音楽でも今の調律するピッチと古楽を演奏する時のピッチは違うので絶対というわけではない。

もともと絶対音感をもっていたヴァイオリニストのムローヴァ古楽も演奏できるようにしたいためにあえて絶対音感を壊したという話もあるくらいです。

 

みんなこういったことを考えていないんですよ。なのに絶対音感はあった方が得するみたいな盲信に走る。

 

話は元に戻します。

 

今の社会の空気はまさに

勉強できない子はダメな子

勉強できない子は塾へ行かせてでも少しでも出来るようにさせないと

大学出ても貧困

 

親自身が不安になるのです。

決して子供を思っているのではない。いや表面上は子供のことを思ってと言いますが、実は親自身の不安を少しでも和らげたいという願望があるとみていいと思います。

 

じゃあ勉強しない子供はほっとけと言うんですか!

と怒られるんですが、ぶっちゃけ

ほっといて好きなことやらせましょう。

それに尽きます。

 

勉強嫌いな子は塾へ行ってもやりません。お金の無駄です。

むしろそのお金で親が勉強してはいかがですか?

本読んだり、市民大学通ったり。旅行に行って見聞を広めるのもいい。

そういう勉強をしたくないという親が子供に勉強しろというのはおかしくないですか?

 

これは確かに言えることだと思うのですが、

子供は親の言うことは聞かないが、親の行動は真似てしまう。

 

耳が痛いですか?

 

こういうことを書くと

あんたの子供は勉強できるから言えるんでしょ!

 

確かに勉強できるから言えるんです。

でも、もしできない子供であっても、無理やり勉強をさせはしません。

 

子供に接する時必要なのはその子の好奇心はどこにあるか。

私なら、この子はどんなことに好奇心を持っているのか、それにフォーカスを合わせてサポートします。

 これは私のやり方ですから誰でもできるというものでもない。

 

仮に好奇心のかけらも見出せない子供がいたとしましょう。

それは親の目が節穴なのかもしれません。そんな親はいくらでもいますから(私の親もそうでした)。

その子から好奇心が見出せないなら、親が見聞広めるために勉強するしかない。

強調しますが、親が自ら勉強するしかない。

本気で子供を勉強させたいなら本気で親も勉強しないといけない。

 

それでも好奇心の芽が見出せないのであれば、あるいは、親が勉強できないなら子供も放任するしかないでしょう。

べつに怠惰でもいいのですよ。でも、そういう生き方をしていて子供に勉強しろというのは筋が通らない。

 

 

親がダラダラするのもいいと思いますよ。毎日晩酌してテレビで野球見てグダグダするのも悪くない(私はしないが)。

それでもなんとかなっているんでしょ〜。

だったら子供に困ることなんてないんじゃないですか?

子供が勉強しなくて困ると言っている皆さん、いい加減目を覚ました方がいいですよと思うのです。 

 安心してください。困りません。

 

受験産業の変な手に乗っちゃダメです。かれらは親の不安につけ込んできますからね(笑)。 

困ったときでは遅いんですよ…なんて。

 

勉強を子供の頃にしなくて、今困っている大人は、今勉強を始めればいいことです。事を始めるのに遅いことはないと思います。

過去を後悔しても、未来を不安がることも意味はない。

だから子供に対しても今いる子供のことを見てやればいいんです。

 

ちょっと長くなりすぎましたね。