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生きていく読書

読書を生きていく糧に。そして理解しあえる世界に。

【読書】「赤毛のアン」「にんじん」読了。

▶休日になってものんびり寝られなくて早朝覚醒

▶しかも、朝に寝る前に飲む薬を飲んでしまう。うっかりにもほどがある。

▶昨夜、モンゴメリ赤毛のアン読了。

 

赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)

赤毛のアン―赤毛のアン・シリーズ〈1〉 (新潮文庫)

 

孤児院から老兄妹に引き取られたアンの11歳から16歳までの成長。カナダの細やかで豊かな自然とアンの感受性が二重写しになる。自分の娘が同じ年頃なので、アンの成長が重ねられて胸いっぱいになってしまった。完全にマシュウ目線だな。感受性の豊かさゆえに様々な事件、失敗を繰り返すアンだが、その中か徐々に成長を見出してゆく。この時期の子供の成長は著しいと本当に思う。だから愛情を与えれば子育ては大変だけど報われる、と思うよ。ビバ子育て!

この本は文句なしに良かった。アンの感受性の豊かさとそれを戸惑いながらも受け止めるマシュウとマリラたち。殺伐とした現実の中で、本当の意味での人間の成長というものを考えさせてくれる、ロングセラー。子供の成長というのは目を見張るものがあり、親も成長させてくれる機会でもある。一生に一度でも子育ての経験を持つことができたことは私の貴重な宝である。

 

 ▶今日1日かけて、ルナール「にんじん」読了。

にんじん (新潮文庫)

にんじん (新潮文庫)

 

児童虐待文学、そしてモラルハラスメントの典型を見る重要な作品。子供の頃、愛されずに否定され続けるということがここまで悲しいことか…私は痛いほどわかる。私の場合にんじんほどまでの精神的な虐待はなかったが、肉体的な虐待は相当なものだった。モラルハラスメントの問題としては、大人にとってもこの小説はかなり重要な意味を持つと思う。これを読んで自分のことのように痛みを覚えない人は、愛情たっぷりに育てられたか、虐待やモラハラをしている当事者なのかもしれない。注意して読むべし。

 「赤毛のアン」のあとに「にんじん」。子供の成長がキーワードな両作品なのに、なんとも重い内容。主人公はにんじんと呼ばれるだけで、本名が最後まで書かれていない。

家族の、母親の明らかな虐待によって、にんじんは自己を否定してしまっていく。読んでいくにつれて、なんと狡賢い母親なんだろうと憎悪でいっぱいになった。最終的には少し救われるところではあるのだが、子供が可哀そう過ぎる。

 

今夜から読んでいくのはこれ。

 

ガリバー旅行記 (角川文庫)

ガリバー旅行記 (角川文庫)

 

 児童文学としてではなく、大人の文学作品として。