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生きていく読書

読書を生きていく糧に。そして理解しあえる世界に。

【読書】古典書の多読について

再掲、速読多読の本

 

どんな本でも大量に読める「速読」の本 (だいわ文庫)

どんな本でも大量に読める「速読」の本 (だいわ文庫)

 

 この本(どん速)のポイント

何回も繰り返し速く読む(高速大量回転)

音読(黙読)ではなく、文字を見る感覚で

わからない部分はそこで止まらず気にせず先に読み進める。

 

速く読むためには、知識のストックが多い方がいい。つまり、沢山の本を何度も読むことでしか速く読めない。

これは速読が先か、多読が先か、よくわからないかもしれないが、

結局は、まずわからなくてもどんどん先に読んで5回10回と繰り返し読む。

少しずつでも知識のストックを増やしていけば、本の理解が進むということが大切だと思う。

 

 

私が読書で大切に考えていることは、

  1. 本の著者の言いたいことを理解する
  2. 様々な視点を持てるようにする

そういう意味で、沢山の本を読みたいと思う。

 

古典本を読むということ

みなさんはコーランを読んだことがあるだろうか。スッタニパータを読んだことがあるだろうか。聖書はかじったことがあるだろうか。 

ガリア戦記はどうだろう。プラトンアリストテレスは?

源氏物語平家物語枕草子はどうだろう。

学問のすゝめや日本国憲法は?

 

名前は知っているのに、読んだことはおろか、読もうと思ったことがないという人も多いのではないだろうか。

古典書は読むのが少し難しい。それは今の言葉、価値観とは少し異なった部分もあるからだが、それを超えて読む価値がある。

 

私は2年くらい前にゲーテファウストを読み始めた。その中でギリシア神話の神々の名前が出てきて何が何やら分からなくなってしまったことがある。

その時気付いたのは

古典書を読むというのは、ルーツを知ることでもあるのだ

ということである。

ファウストの場合は古代ギリシアキリスト教の理解が必要になってくる。

ゲーテに限らず、ダンテの神曲シェークスピアの戯曲でも古代ギリシア古代ローマの知識は必要だし、西洋哲学ではそれに加えてキリスト教の認識の問題が重要タームなのであることを知る。

 

経済学でもアダム・スミスマルクスは今でも読む意義は充分にある。

今でも同じ問題が起こっているのではないか?と思うこと必至である。

 

古典書を多読する

 

どんな本でも多読すればいいというわけではないと思う。

現代の小説や、時事関連の本ばかり多読していてもその大本になっている考え方を知らないとどれだけ読んでも時間のムダになってしまうことがある。

イスラム原理主義の問題ならコーランハディースをまず読んでみないと理解は進まない。

トランプ米大統領についてはアメリカの独立のもとになった思想、トマス・ペインやジョン・ロックなども読んでおいた方がいい。

 

トランプやイスラムのことはなんとなく知っている、と言う人はいると思う。が、そのソースは?テレビか新聞なのではないか?

ここでテレビの胡散臭はここで詳しく書くのはやめるが、あれだけ偏った情報を知らず知らずに毎日触れているというのは非常に怖いことだと思う。少なくとも、朝起きたら取りあえずテレビをつけるという習慣はやめた方がいい。

 

ともかく、古典書を多読すると様々な価値観を読むことになり、

 

ああ、そういう考え方、感じ方があるのか!

今問題になっている事のルーツはここにあるのか!

あのベストセラーや流行は古典の焼き増しじゃないか。

いろいろな気づきや発見がある。

 

再度書くが、古典書を多読すると、

テレビの情報がいかに偏っているか、わかるようになる。

テレビを見てわかったようなつもりになることにも注意した方がいいと思う。

 

そして多読するには1日に読書する時間を作った方がいい。私は平日でも2、3時間くらいを読書時間に割いている。休日なら4時間。テレビを見なければ充分に作れる時間だと思う。

これくらいでひと月100冊は読めるようになっていくと思う。

 

私はこんな感じで読書している、という事でした。

私の考えなので、参考までに書いてみた。

 

まだ書き足りない所もあるので、後日書いてみようと思う。