音楽と読書と社会 日記編

「音楽と読書と社会」イトウの活動など日記

【日記】2018年7月15日 夜

▶︎多くの日本の会社など、連休の中日だということらしい。午前中に書店の丸善に行ってきたが、途中の地下鉄はまばらで、水着の入ったビニルバッグを持った親子連れをよく見かけた。暑いからプールか海に出かけるのだろう。ベビーカーに乗せられた赤ちゃんも見かけた。子供も大きくなった私にとってはなんとなく懐かしい。

▶︎我が家は連休でもそれぞれに忙しい。妻は今日だけが休みだし、娘は大学の課題に追われているようだ。

▶︎ん?私が一番ヒマ?というか身体的にかなり負担が大きい状態なので、忙しいとか言っているどころではない。

▶︎正直に書いておくが、実は心理的に非常な焦りを感じている。残り時間が少ないと感じているから。その感覚に根拠はないが、焦りを感じているのは確かである。外界の時間と体内で感じている時間の刻みが違う。明らかに体内の時間が速く進んでいる。これはいいことなのか悪いことなのかよくわからない。

▶︎読書を進めたいが、実は思うように読み進められない。正確に言うとページがめくることで身体が苦しくなるので、読み進められない。

そんな時、これだ。

 

朗読のススメ (新潮文庫)

朗読のススメ (新潮文庫)

 

 声に出して本を読むと言う、小学生の頃のスタイル音読・朗読だ。

 

測量船 (講談社文芸文庫)

測量船 (講談社文芸文庫)

 

 ▶︎うちにある詩集を声を出して読む。三好達治が今日は良い感じだった。昨日は方丈記の冒頭を読んでいた。

▶︎言葉にはリズムがある。言葉を声に出すとそれは音楽としても感じられる。楽譜の音符休符は自分で決められる自由さ。なんどもつっかえながら、読む。特に語尾の余韻をどう残すかが難しいが、その試行錯誤が自分で作る感覚そのものである。

▶︎声を出すことで自分の心を解放する。恥も外聞も捨てて声を出すことこそ自分の本来の声を取り戻すことに他ならないと思う。

▶︎「心が楽になれば、声も楽になります」永井一郎さんも著書に書いている。長く歌を歌っていた私でも今になってしみじみその言葉を噛みしめる。

▶︎私はどれだけ生きられるか。そんなこと誰にもわからない。しかし、それは確実に有限であることは言える。それも極めて。