音楽と読書と社会 日記編

「音楽と読書と社会」イトウの活動など日記

Merry Christmas Concert 名古屋市立昭和橋中学校合唱部による合唱

Merry Christmas Concert

名古屋市立昭和橋中学校合唱部による合唱
2018年12月23日【日】
名古屋市民ギャラリー矢田 
指揮・キーボード:見田寛

第 1 部

イタリア 古典歌曲 より

  • Amarilli(Giulio Caccini 曲)
  • Star vicino (Luigi Mancia ( Salvator Rosa )曲) 独唱:Oさん
  • Se tu della mia morte ( Alessandro Scarlatti 曲 )独唱:Hさん
  • Caro laccio ( Francesco Gasparini 曲 )
  • Lascia chio pianga ( Georg Friedrich Handel 曲 )2曲独唱:Nさん

ローランド 社製 電子 チェンバロ C - 30 を 使用

Agnus Dei = 空海真言絶唱
( 千原英喜 、 虚空蔵菩薩真言 、 光明真言 、 Agnus Dei 詞 / 千原英喜 曲 )

第 2 部

  • Hodie christus natus est
  • もろびと こぞり て
  • 神 の 御子 は
  • 荒野 の 果て に
  • ジングル ベル
  • サンタ が 街 に やってくる
  • 赤鼻 の トナカイ
  • きよし この 夜

独唱・合唱:名古屋市立昭和橋中学校合唱部

昨年のクリスマス、今年の3月の演奏会と続き、昭和橋中学校の合唱部のクリスマスコンサートを聴きに行きました。

人の声の素晴らしさ

私はプロ・アマ問わず、合唱の演奏会を聴き続けて30年以上になります。
もうこんな抑圧の強い音楽の世界とは距離を置きたいと思いうのですが、それでも声のエネルギーとパワーに抗しきれなくつい聴きに来てしまいます。

なぜこのコンサートに来たのか

この昭和橋中学校の合唱部を指導されている見田先生と私は、以前に同じ合唱団で歌っていた仲間です。
彼の大学の卒業演奏会聴いたときから、私は彼の演奏を聴いていました。
特に作曲家ではドビュッシーと鈴木輝昭に情熱を傾け、中学校教員となってからは合唱部の指導のみならず、演奏会の演目にも非常に工夫と趣向を凝らしていたのがよくわかりました。

今年の3月の演奏会が素晴らしく(特に最後の宮沢賢治の詩に関した曲に非常に感銘を受けた)今回も足を運びました。

今回の選曲は季節柄、後半はクリスマス関係の曲でしたが、個人的には前半のバロックと千原英喜作品に心ならずも驚きと気づきを得ることができました。

各曲の感想

ヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」はローランドの電子チェンバロで演奏されました。個人的にこの電子チェンバロの音は思いのほか良かった。
ただ、初っ端で弾くのには結構大変な曲だったようです(笑)。

次は部員の中学生の皆さんによるイタリア古典歌曲集。

イタリア古典歌曲の歌い方聴き方に私はいつも困惑します。
日本で声楽を志す学生はこのイタリア古典歌曲は必ず通る道のようですが、よくよく聴いてみると、モンテヴェルディスカルラッティカッチーニ‥古典というより時代はバロック期だがや!と思います。

今でもこのイタリア古典歌曲を若い声楽家のコンサートでよく聴きますし、私も高校の部活で歌ったことがあります。
ところが、これが実に面白くない。
判を押したように、まるでシューマンシューベルトのように歌うのです。これ以外の歌い方はないのだろうか?と思うことしきりです。もう少し自由な解釈が出てこないのでしょうか。
もやもやしていたのですが、
最近はナクソスミュージックライブラリーやAppleMusicで古楽奏法の音源をたくさん聴くことができます。思った以上にもっと軽くて自由な曲だったのです。

さて、今回の演奏です。
3人の歌声は全体に力があり、空間を充分に響かせるものでした。
ストレートな声がとても気持ちよく、持ち声はとても良いと感じました。
AmarilliとStar vicino を歌ったOさんはかなりスッキリした軽やかな歌声でしたし、Se tu della mia morte を歌ったHさんの深い響きと声量には驚きましたし、Caro laccio とLascia chio pianga歌ったNさんの真っ直ぐな声がとても気持ちが良いものでした。

前半の最後に歌われた千原英喜作曲「Agnus Dei = 空海真言絶唱」。
見田先生の音楽に対する情熱あふれる真摯な解説はいつもながら感心します。中学校の先生のままではもったいないよ(笑)。

さて、この曲はキリスト教ラテン語空海の開いた真言宗マントラが縦横無尽に歌われました。最大9パートに分かれる曲だそうで、20人ほどの中学生にはさぞ荷が重かろうと余計な心配をしてしまいます。
しかし効果は大変ありました。鈴や拍子木なども入り、矢田ギャラリーが異空間になっていました。いい意味で怪しい感じがとても良かったと思います。(セーラー服ではなく白装束ならばもっとよかったかとw)
周囲の人たちは口々に「あんな声をよく出せるね」「なんかすごかった」という言葉が聴かれました。同行した妻も涙ながらに「よかった」という感想を漏らしていました。

後半はこの時期にありがちな(笑)クリスマスソング。部員二人がMCをしていました。いちいち台本作ってのやり取りが微笑ましかった。全体に歌声が豊かだったのも印象的でした。
演奏は本当に立派でした。中学生の演奏として十二分のクオリティです。 音程の危うい部分はもちろんありましたが、そんな重箱の隅をつつくのはつまらないことです。

音楽とはすこし話がずれますが、あらためてクリスマスというものは商習慣として日本には定着しているものの、文化的にはどうなんだろうかと思います。

少し気になったこと

中学生の演奏を聴く機会が多くないからかもしれませんが、皆さん非常に音楽に対して真面目な姿勢が印象でした。20人足らずでも声量も豊かでした。指導の賜物でもあるのでしょう。

ただ、真面目すぎるゆえなのか、音楽がやや硬直してしまう方向になりがちだったのが気になりました。
若いから力で無理矢理でも声量が出るのでしょうが、その声と音楽にはよりしなやかさと緩さがあるともっと良いと感じました。

自分でも歌いながら思うのですが、あまりに舞台で聴かせる声の出し方を意識してしまうの(遠くに声を飛ばそうとしてしまう)で、どうしても緊張を伴う音楽になりがちです。
そうではなく、もっとその人らしい音楽を近くにいる人と感じる瞬間も大切ではないかと思います。

例えば、たまには床に座して歌うとか、車座で遊びながら歌うとか、日本人が本来やっていた歌うあり方を振り返ってみるのも緩んだ音楽を楽しむことになるかもしれません。

最後に書きたい、非常に残念なこと

私と見田先生のいた合唱団員が誰も聴きに来ていなかったこと。
私達は音楽する仲間同士です。仲間のやっている音楽活動に無関心すぎます。団員が60人もいても誰も聴きに来ていないという無関心ぶりは呆れを通り越して憤りすら感じます。
Facebookページをみればイベントに気づくはずですし、知らないとは言わせません。
本当に音楽を愛して、仲間を思っているのか。私にはここに感性の劣化を見ています。
仲間がいて合唱ができるのです。その仲間を大切にしない関心を持たないとはのははっきり言って鈍感に過ぎはしませんか。
私は大切な仲間の活動を支持していきたいと思います。
いいことやっているんだから、それをできる限りのことをしたい。 それが私の役割です。