音を読む 本を聴く

イトウの音と本の綴織

変哲くんに会いたい。

この地に引っ越してきて1年半ほど経つ。
ある時、散歩していて老犬に出会った。

茶色の毛並み、トロンとした眼差し。
ゾロゾロしたヒゲもなんとも良い味 だ。
ユルイ雰囲気がもとてもよい。

飼い主の人にも「ワンちゃんカワイイですねー」と声をかけたこともあった。

ある時、妻が「あの犬、なんの変哲もない感じがいいね!」
と話した。

「変哲もないってさ、犬でも失礼な言い方じゃん!」
妻と笑いながらしばし盛り上がった。

その老犬は「変哲くん」と名付けられた。
もちろん本名は別にあるだろう、我が家だけの話だ。

しかし最近、変哲くんになかなか会えなかった。

変哲くんのいるお店は美術品店である。

お店を通る時、変哲くんは散歩中なのかいないか、店のシャッターが閉まっていて中が見えない。

ある日曜のこと。

よし今日はなんとしても変哲くんに会うのだと、意を決してお店に向かった。

店に行くも彼はいない。察するに散歩のようだ。

ならば近所にいないだろうか?

少しワクワクした。
周囲を歩き回ってみた。

そうしていると遠くに犬と散歩する人を見かけた。
飼い主が美術品店の人のように見えたが、よくわからない。

ひょっとして変哲くんでは?と思い声をかけようとした。

しかし、どうも様子が違う。
その犬にはヒゲもない。
毛が短くスマートに見えた。

私の変哲くんのイメージとは全く違う。
でも茶色の毛並みだし目はトロンとしているあの眼差しだ。

変哲くんなのか?
迷ってしまっため、つい声をかけそびれてしまった。

帰宅して思い返した。

あ。

ヒゲを切ったのか!

あのヒゲは、変哲くんの変哲くんたる所以だった。

ヒゲを切った変哲くんはキリッとしていて格段にカッコよくなった。

でも私は変哲くんのもっさりしたところが好きだったのだ。

トロンとした眼差しで
潤んだ目で
ヒゲのような毛を口の横から生やしている、あの変哲くんが。

でも今度はカッコよくなった変哲くんに会ってこよう。

なんの変哲もない犬ではなくなった、変哲くんに。