音を読む 本を聴く

イトウの音と本の綴織

【音楽】梅雨時には快活な爽やかさをもたらすモーツァルト。

2020年6月16日 今日聴く音楽 f:id:jsbgm1860:20200616080130j:plain

Wolfgang Amadeus Mozart

Serenata notturna KV 239

Maurerische Trauermusik KV 477

Eine kleine Nachtmusik KV 525

Divertimento KV 251

East of England Orchestra

Wolfdieter Maurer, conductor

録音:1995年2月25日、イギリス Reccided: 25 February, 1995 at the Great Hall, University of Notingham Producer: Wulf Weinmann / Recording engineer: Mike Purton Sound Erigineer: lestyn Rees Cover At: Herbert Myckenschnabl, Schèncinger, Germany

モーツァルトの音楽には本当に生かされた実感が私にはある。激しい鬱症状が出ていた時はモーツァルトの音楽しか受け付けなかった。あの時モーツァルトを聴いていなかったらどうなっていただろうか。

最近の古楽器演奏ではいいものはたくさんあるが、今日は現代楽器の演奏。

この演奏は実に気持ちが良い。軽快である。正直、特別上手い演奏ではない。しかし上手いとは言えカラヤンなどの押しの強い剛直な演奏は好きではない。

また完璧な演奏をすればするほどモーツァルトはそれを拒む。ともかくテクニックのうまさではなんともならないのではないか。じゃあ一体なんなのか…

先日ブックオフオンラインで購入した中古CD 。アルテノヴァという廉価盤レーベル。20年くらい前か、ナクソスレーベルの成功の後に国内でも出回るようになった。

これは国内盤880円だったものだが、輸入盤だと500円くらいで販売されていた。

【日記】2020年6月15日 梅雨の晴れ間

2020年6月15日

暑くて湿度が高い。絶賛(?)体調が悪い。

昨日から再び断捨離実行中。心を平静にしていくために、部屋をミニマムにする。

メルカリで売り、メルペイで生活する。

全てメルカリで生活できるのではないか。

メルカリに出品するものをリストアップしたら相当な数と額になった。オーディオ、CD、本など、手放すのは吝かではないが、手間がかかる。

ある程度お金になったら、残りは在庫一掃セールをするか。元・食品流通業の感覚で言うと商品にはどんなものでも賞味期限があり、それを過ぎると売り物にならなくなるのだ。

メルカリで得たポイントを買い物にコンビニやスーパーで使えるので頑張る。

娘がインターンシップが!就活が!と言い出したので、勉強するように言った。

國貞克則さんの本を贈った。國貞さんは会社をお金の流れ(会計)から見る。

図解「財務3表のつながり」でわかる会計の基本

図解「財務3表のつながり」でわかる会計の基本

  • 作者:國貞 克則
  • 発売日: 2014/08/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

会社の活動の本質は「お金を集め」「投資し」「利益を上げる」という3つの活動である。これを理解すれば、会社は何をするところなのか、が本質が見えてくる。たとえすぐに分からなくても、これは会社に入れば否応なしにやらなければならないことなのである。(当たり前だが)

私自身ももう一度復習したい。私だけでなく、会社歴何十年の人も会計については案外知らないものだ。学ぶ意味はある。

さて、断捨離断捨離。

【感想】MacBook Air2020は「使える道具」である。

2020/06/14

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今日、Macに出戻った。

MacBook Air2020購入。ヨドバシカメラで購入した。 スペックは

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MacBook Air2020

MacBook Proではないのか?と言われそうだが、筐体を触った感じと軽さが自分にはしっくり行ったのでMacBook Airを選んだ。

昨年に、変な虫が自分の中で騒いだ。Windowsの方が安くていい感じじゃないか?と思ったのだ。

そしてしばらくWindowsを使っていた。音楽ファイルの管理などに重宝していたHPのWindowsPC (HP ENVY x360 13)だったが、キーボードの打ち込みエラーが多く苛立ちが募っていた。

自分のスキルのまずさなのかもしれないが、どうにかならないものか。

HP Windows PC タイプミスばかりで文章を書くのが嫌になるキーボード

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HPのキーボードのタイプミスが頻発。理由はわかっている。キー配列の問題だ。

私は当初このくらいのキー配列は慣れで対処できると思っていた。

しかし残念ながらこのキー配列には慣れなかった。Enterキーの右隣にpageup、pagedownキーがあり、deleteキーの下にHomeキーがあるので、これが指に触ってしまう。

これでは速く打とうとすればするほどこれに触ってしまい、タッチミスが頻繁に生じる。

先日久しぶりにブログを書くためにキーボードを打っていたら、この類のタイプミスを連発して文章作成どころではなくなってしまった。

それからHPのキーボード特性だと思うが、キーストロークが私には若干深い。指を押し込む感じになり、指や腕に痛みを感じる私にとっては少なからず負担になる。

いうまでもなく、これは私とHPのキーボードの配列が基本的に相性が悪いということなので致し方が無かったことである。

  • フォントの問題

    さらに重要なことがある。私は近眼でかつ老眼なので、最近はディスプレイ表示の判読に苦労していた。このWindows10のデフォルトのフォントが細く見えづらい。かすれて見えてしまい、つい凝視してしまう。ならばと拡大してみたがそれでもキツい。長文の読み書きをした後で疲れがドット出る。これでは仕事にならない。これはWindows10と私の相性が悪いかったのだ。

MacBook Air2020を使い始めて。すぐ実感できること

翻ってMacのフォントは実に見やすい。Windowsに比べてMacの文字は目の負担は少ないと感じる。こんなところでも差があるのだ。

老眼に悩む私にはMacの文字の方が見やすい。Windows10フォントは見にくい。老人こそMacを使うべきだ。

キーボードそのものも秀逸だ。2020年モデルからMacBook Airパンタグラフ式キーボードになってより良くなったというが、このキーボード感覚は非常に「快適」と言える。文章を書くストレスが少ない。

また、キーボード配列に関してもEnterキーの横にpageupキーはない。これでなんの気兼ねもなくEnterキーが押せる。

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道具として考えてMacBook Airは非常に良くできていると思う。もちろん動画編集もガッツリやろうとすればおそらくMacBook Proの方がいいに決まっている。私は動画も撮るがそれほど頻繁ではない。まず目的としては、文字を書き読むことをストレスなくやりたいのだ。

パソコンは使えてナンボの道具である

今回のMacBook Air2020は今まで使ってきたPCの中では抜群の使いやすさであると思う。私にとってはキーボードとディスプレイの視認性を重視するので、その意味では特に買って良かったと思っている。

価格は確かに昨今のWindowsは安い。私の持っていたHPのPCもそうだ。そしてその割に結構使える。

スペックはMacでもWindowsでも低いものはそれなり。高いものはそれ相応。それはOSに関係ない。私のようなPCに詳しくない素人が道具として使うのなら尚更関係ない。

ただ、道具として使いやすいかどうかは個人のニーズとPCメーカーによる。高度な作業をしないのであればOSに大きく左右されるものでもないとも思う。だからWindowsでもカスタマイズをすればかなり使いやすい、いいものができると思う。

Macはどの製品でも大きなカスタマイズは限られるが、全ての製品がほぼ同じような使いやすさを持っている。キーボードのあるノート型なら尚更である。大きな期待ハズレがないのは道具として必要なことだ。

実はこのMacBook Airはそれほど突出した部分がない。動画編集や再生はそこそこ、ネットや入力編集作業は低ストレス。これこそ道具としての必要な意味である。

パソコンは道具だと考える私はMacBook Air2020はかなり使えるものだと思っている。

【日記】2020年6月13日 朝

日記 2020年6月13日 朝

右腕が痛い。キーボードが打ちづらい。ペンでものが書きづらい。

6月梅雨の時期は非常につらい時期。気圧の低下による体調の悪化がつらい。

アーリー・ミュージック

アーリー・ミュージック

クロノスカルテット「アーリーミュージック」を聴く。中世ヨーロッパの音楽のトランスクリプション。 デュファイの音楽もあるが、少し多彩さに欠ける(音楽の質的に仕方のないことではあるが)。 メディテーションにはいいだろう。

キーボードのストロークが短い浅いもの、打ち込み間違いの少ないものはMacbookだろうか。

HPのキーボードはストロークが深いので、自分には合わない。PCを変えよう。

CD,本を減らすこと。なくすことまでを目標にしない。あくまでも自分の必要なものかどうかを吟味する。

シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団ラヴェル「マ・メールロワ」を聴く。

AmazonMusicだとデュトワモントリオールの録音がほぼコンプリートで聴くことができる。まったくもってありがたい。感動である。

もうCDを買うことはなくなるだろう。(と言いつつ、まだ買ってしまっているが…)

さて今日は漢方治療の日だ。

持っている貧しい生活よ、さようなら。

 最近やっと気づいたこと

部屋に本が散らかっていたり、埃がたまってくるとだんだんイライラしてくる。

そのくせ片付けも整理も苦手で、本やら何やら買いこんでくる。

まったくタチが悪い。

2週間前まで、DIYで棚を作って整理してみようと考えていた。

しかし、突然思った。

こりゃ、むりじゃね?

無理だ。有限の空間に無限のものを入れることはできない。

そして当たり前なことに気づいた。

 ものを減らすしかない

ものを減らせばなくなる。ものがなくなれば余裕ができてイライラしない。

ものを増やすから散らかりイライラするのであって、収納場所に困るのである。

ものがなければそんな問題はなくなる。

当たり前な結論だ。

しかし、ものは増える。本を買って読んでいれば増えるに決まっている。

というわけで本を読んでみた。

手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法)

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ

ええ~ミニマリストかよー。あの何にもない部屋でたたずむ意識高い系の若者たち。

しかし、どうなんだ。

ものが多すぎて困っているのがこの私だ。

ものを捨てることは手段だ。

ものを少なくする。無駄なものを減らし、本質だけを残す。これが自分のしたいことだ。

私は10数年後の退職金はない。本当にゼロ円。年金ですら定期便の予想からすると8万円もいかない。今でも貯金もありますって言えない。ゼロ円。本当に絶望的にない。

まあ、世間の常識から行くと生きるのは無理っすね。動けなくなったら首をくくれっていう感じ。

大学の同期なんて恐らく、現在は年収800万円から1千万円で、退職金も推定2千万円くらいだろう。おまけに年金もある。

こうして比較して考え続けると、私は圧倒的に負け犬である。この枠組み(常識)では幸せになれっこない。そして幸せのマウント獲り無間地獄に生きる羽目になる。アラブの石油王にでもならない限り無理だ。そして私は石油王になってなりたくない。

ならば、生き方を転換させねばならない。カネはなくては生きられないが、カネへの依存度を徹底的に低くすればいい。

 ミニマリストとは

ミニマリストとはものを持たずにシンプルに生きる人だ。

そしてミニマムに生きることで豊かさを得ている人だ。

今まで私はカネがないのにものばかり持ち欲しがっていたと思う。

このままでは部屋も脳みそもパンパンになってしまい、何が大切で何が無駄なものかが次第にわからなくなってしまうだろう。この状況は確実に来る。

しかしそうは言っても本やCDなど捨てたくないものばかりである。もちろん何でもやみくもに捨てればいいというものでもない。

 ミニマムに生きる

しかし、このままではおそらくものに埋もれて死んでしまうだろう。死後に整理するのを他人に任せてどうする。この本やCDの山を?いっそ自分で決めてしまえ。そして残りの人生を豊かに生きようではないか。

さて、決めてみて早速本棚を1つ空にしようとした。段ボール七つでやっと収まる。これで売却するもの、貸倉庫に送るものを選定せねばならない。メルカリで出品するもの、寄付することもしたいが、あまりに多すぎて大変だ。

おっとCDもある。いくらサブスクリプションがあると言っても、そこまで簡単に割り切れない。

やってみるとものを捨てるという行為は恐ろしく大変だ。

しかし、どうなんだオレ。もういいではないか。人と同じように生きることなど辞めて自分らしく生きればいいではないか。オレには知恵も感情も感動もある。おまけに家族もいる。その自分があれば何もなくても生きていけるだろう。

シンプルに生きることこそ私がすべきことだと思う。カネなどないのだからカネなど気にしない生活をせねばならない。

普通のカネのある人と歩調など合わせなくていい。だとすれば積極的に持たない生活を送るほうがいい。

もう世間の常識を気にすることはない。気にしたら不幸になるのならば、気にせず笑いながら生きていこう。

カネ?そんなものまだ持ってんの?という世界は恐らく来る。そして人間の共感を基に生きる未来を見るのだ。

常識よ、さようなら。持つ生活よ、さようなら。