音楽と読書と社会 日記編

「音楽と読書と社会」イトウの活動など日記

【日記】2018年7月19日 朝 酷暑にシベリウス

▶︎昨日岐阜県多治見市で13時すぎに40℃を記録。日本国内熱中症多発。先日は豊田市で子供が死亡している。これでも学校の授業はやるのか。課外授業など即刻やめるべきだし、毎年同じような事件が多発しているのに、一向に部活を夏季休暇する学校がほとんどない。

▶︎学校や教師がこれはやばいから即刻やめるべき、という感覚判断・身体性の鈍感さがここまで来たら、もはやこれ以上何を言っても無駄だと思わざるを得ない。学校に子供を行かせないのが最善策である。

▶︎子供を学校に行かせなくてもちゃんとこの社会に居場所があるのか。それが最も今の日本ではほとんどない。日本のセーフティネットが至る所穴だらけなので、公的機関に頼るのではなく、一人一人がそう言う場を作り上げる必要がある。

▶︎私はやることがたくさんある。一つ一つやって行きたいので時間を無駄にしたくない。

▶︎閑話休題。過去のクラシック音楽パブリックドメインになった録音をダウンロードして楽しんでいる。FLACファイルの音質が素晴らしいし、これほど豊かな音楽世界に触れることができる喜びを与えてくれるユング君に感謝したい。

www.yung.jp

▶︎昨日ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団シベリウス交響曲第2番は素晴らしい。1967年録音。50年以上前だ。しかし、音楽の息づかいと熱量がものすごい。比較としては申し訳ないが、カラヤンのクリアだが冷ややかなシベリウスとは対局を成す。どっちがいいと言うわけではなく、バルビローリのこの演奏はオケ共々これ以上にないパフォーマンスである。

クラシック音楽 | FLACデータベース | シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43

▶︎今日も暑い日だ。自分の感覚を大事にして、機械のように扱う日本社会のなにかに鈍感にならないよう。

 

【日記】2018年7月18日 朝 ネットワークオーディオプレーヤーは全てのデジタル音源を集約できそうだ。

▶︎ヨドバシカメラで注文して翌日に届いて、即設置したPioneerのネットワークオーディオプレーヤー。

 

 かなり注文には迷った。2ヶ月くらいだけど。注文しても散財感たっぷり。オーディオでもこう言うネット接続のものを買うのは初めてなので、思うようなものでなかった…と言う不安…

▶︎設置してほぼ操作できるようになったが、こいつは素晴らしい。以下快適な部分を羅列する。

 

⑴Chromecastビルトイン経由で音楽ストリーミングサービスDeezerがFLACで聴ける。CD音質なので、他のストリーミングサービスとは音質の違いがはっきりある。Googleplaymusicももちろん聴ける。

⑵AirPlay対応なのでアップル製品への対応もOK。MaciOSに音源はあまりないが、Podcastを気軽に聴くに使える。

⑶アプリがあり、タブレットスマホ経由でリモコンできるので、非常に快適。

インターネットラジオが聴ける。tune inが入っているので世界の音楽以外のラジオも無数にあるので相当に楽しめる。

⑸ラジオ局の多くが再生曲名が表示画面に出るので知らない曲でもすぐ曲名や演奏者がわかるのでありがたい。

⑹ブルーレイレコーダーDIGAのHDD内の音楽FLACファイルもこの機器を通じて聴けるのでほぼ音質のロスがないと思われる。

⑺外付けHDDをつけると、ネットワーク内のPCなどから音楽ファイルを保存・再生できるらしい(これはまだ設定していない)。f:id:jsbgm1860:20180718054802j:plain

 

f:id:jsbgm1860:20180718054925j:plain

 

▶︎より安価にネットワークオーディオを楽しむには以下の機器がいいと思う。ほぼ同じ機能でCDプレーヤー、アンプのオールインワンタイプ。好みのスピーカーを追加すればOK。ただし、音質が不満だとアンプを変えたりすることはできない。あくまで手軽さを求める向き。

 

▶︎意外だったのがネットラジオがかなり楽しいこと。深夜ラジオ放送を楽しんでいた世代としては、子供の頃に戻った感じだ。

【日記】2018年7月17日朝 オーディオ沼には気をつけているが…

▶︎昨日も昼夜を通して暑かった。私は1日中うちに籠って音楽を聴いていた。朝のうちはCDを寝ながら聴いていた。ふと、最近アナログレコードを聴いていなかったな、と気づき、聴きだした。

▶︎プラセボかもしれないが、CDを聴くよりも長時間聴いてもレコードは聴き疲れがしない。ナローなのかもしれない。ノイズが適度に入るのでどこか自然音に近いのかもしれない。

f:id:jsbgm1860:20180717055753j:plainf:id:jsbgm1860:20180717055507j:plain

▶︎すぎやまこういち作曲 交響曲イデオン 小松一彦東京フィルハーモニー交響楽団

機動戦士ガンダムのすぐ後、富野由悠季が放った神話色が濃い哲学的なロボットアニメのオケ音楽。すぎやまこういちといえば、のちにドラゴンクエストの音楽で息を吹き返したように活躍したが、この交響曲イデオンがなければ、それもなかったんじゃないかと思う。それまでは普通の歌謡曲作曲家としての認知しかされていなかったので、そのままなら今の仕事はない。

▶︎ベートーヴェン 交響曲第5番 エグモント序曲

小澤征爾指揮ボストン交響楽団

f:id:jsbgm1860:20180717060946j:plainf:id:jsbgm1860:20180717061043j:plain

▶︎この録音今では忘れられている感はあるが、ルドルフ・ゼルキンと録音したピアノ協奏曲もこのテラークレーベルだった。デジタル録音だが、ホールの響も含め、オーケストラ全体を俯瞰するような録音。

▶︎ストリーミングサービスDeezerの音源がChromcastで聴けるようになったのは幸いである。数年来懸案だったネットワークオーディオプレーヤーを導入することを決めた。

 

 持っている外付けHDDを活かせること、ネットラジオはもちろんSpotify、Chromcast、Radikoも対応するのでDeezerもFLACで聴けるなどからやっと導入をした。

▶︎引っ越してからオーディオ関係の製品をやたら揃えてしまっているが、全て入門機のグレードだし、オーディオマニアからするとおもちゃのような価格とスペックだ。しかし以前の10万円の音が今は2万円で出る。レコードプレーヤーもTEACの型落ちとはいえ19,500円でかなりまともな音が出るものが買える。

▶︎私が高校生の時に組んでいたコンポーネントの方が高級だったと思う。しかし、今の方がおそらく高音質だと思う。テクノロジーの変化でもあるし、好事家にとってはありがたいことである。

【日記】2018年7月15日 夜

▶︎多くの日本の会社など、連休の中日だということらしい。午前中に書店の丸善に行ってきたが、途中の地下鉄はまばらで、水着の入ったビニルバッグを持った親子連れをよく見かけた。暑いからプールか海に出かけるのだろう。ベビーカーに乗せられた赤ちゃんも見かけた。子供も大きくなった私にとってはなんとなく懐かしい。

▶︎我が家は連休でもそれぞれに忙しい。妻は今日だけが休みだし、娘は大学の課題に追われているようだ。

▶︎ん?私が一番ヒマ?というか身体的にかなり負担が大きい状態なので、忙しいとか言っているどころではない。

▶︎正直に書いておくが、実は心理的に非常な焦りを感じている。残り時間が少ないと感じているから。その感覚に根拠はないが、焦りを感じているのは確かである。外界の時間と体内で感じている時間の刻みが違う。明らかに体内の時間が速く進んでいる。これはいいことなのか悪いことなのかよくわからない。

▶︎読書を進めたいが、実は思うように読み進められない。正確に言うとページがめくることで身体が苦しくなるので、読み進められない。

そんな時、これだ。

 

朗読のススメ (新潮文庫)

朗読のススメ (新潮文庫)

 

 声に出して本を読むと言う、小学生の頃のスタイル音読・朗読だ。

 

測量船 (講談社文芸文庫)

測量船 (講談社文芸文庫)

 

 ▶︎うちにある詩集を声を出して読む。三好達治が今日は良い感じだった。昨日は方丈記の冒頭を読んでいた。

▶︎言葉にはリズムがある。言葉を声に出すとそれは音楽としても感じられる。楽譜の音符休符は自分で決められる自由さ。なんどもつっかえながら、読む。特に語尾の余韻をどう残すかが難しいが、その試行錯誤が自分で作る感覚そのものである。

▶︎声を出すことで自分の心を解放する。恥も外聞も捨てて声を出すことこそ自分の本来の声を取り戻すことに他ならないと思う。

▶︎「心が楽になれば、声も楽になります」永井一郎さんも著書に書いている。長く歌を歌っていた私でも今になってしみじみその言葉を噛みしめる。

▶︎私はどれだけ生きられるか。そんなこと誰にもわからない。しかし、それは確実に有限であることは言える。それも極めて。

【日記】2018年7月15日朝

▶︎昨日は起床してから日常生活諸々。買い物をする。食品小売の仕事をしていていたのでスーパーマーケットに行くのはどうしても仕事目線になる。リアルにマーケットに出向くのって好きなんですよね。

▶︎でそれ以外は読書。

 

(日本人)

(日本人)

 

 橘玲さんの本は随分前から読んでいたが、

 

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

 

 

残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する

残酷すぎる成功法則 9割まちがえる「その常識」を科学する

 

 

私がハマってきた考え方や現実に起こった罠についてちゃんと書いてあるではないか。痛い、しかしこれらの現実をしっかり踏まえて生きたいと思う。

▶︎娘の保育園時代の同じクラスの子のお母さんから妻がメールをもらった。その子も大学に合格して目下将来「税務」で身を立てるためにすでに大学1年で「就職活動」「セミナー参加」と懸命なのだそうだ。

▶︎その子の人生は私には与り知らないことだから、勝手な私の気持ちとして書く。税金やお金の流れ、資本主義の仕組みやルールを学ぶことは大切だと思う。どんどんやって欲しいと思う。しかしそこには罠もある。職を得るために税理士などの「資格」を取ることに費やしたり、財務省や税務署などの公務員の「既得権益」「安定性」に浴しようというのならば、税務知識が単にお金を安定的に得るための一つの「道具」でしかなくなってしまう可能性がある。

▶︎一生懸命に職を得ようとすればするほど、安定を目指すあまり、既存の枠組みでしか世界を見ようとしなくなってしまう。それは若者にとって、大きな挑戦をさせる勇気を奪うことにはなりはしないか…。

▶︎安定した職業などなく、また世界はいつも不透明不確実だというのが現実だと思う。とはいえ今の日本社会は飢餓もなく、むしろ食品廃棄ロス大国というのが現実だ。つまり、死に直面することが表面上ない。絶対に「食える」はずなのだ。

▶︎そこで将来に向かって「食う」ために何かする必要は実はない。とにかく今現在お腹すかしている日本人は見かけ上ほとんどいない。

▶︎だから、就活に一生懸命になる学生やハローワークに出向く人も、実は本当に死に瀕してはいない。みんな必要だからと言ってスマホを片手にエントリーシートや企業にアクセスしている。本当に死にそうな人はまずスマホを売ってそれでコンビニでおにぎりを買うだろう。

▶︎みんな実は将来について「不安」を抱くことで生きているのかもしれない。最悪のことまさかのことを考えて、保険に入り、貯金をして、定職を持とうとする。しかしその元にあるのは「不安」だ。

▶︎みんな「不安」に怯えるのではなく、「不安」を理由に生きたいのではないか。だって実はどうやったって「食える」社会が日本なのだから、生命維持にこれ以上何もしなくていい。

▶︎しなくていいのなら、みんなは何をしているのか?人間は何にもしなくてもいい時代に、わざわざ「するもの」を探そうとする。「欲しいものが買いたい」「社会貢献がしたい」

▶︎要するに、日本社会は時間も経済的にも圧倒的に余裕があるから、色々やりたがる。不安になるのも不安になる余裕があるってことだ。

▶︎「不安に決まっているじゃないか。隣国の軍事圧力や安全保障の問題が大きいし、リーマンショックのような経済危機がきたらどうするんだ?」確かにそういうことが将来起こるかもしれない。

▶︎しかしその可能性はいつの時代もある。それが「不安」ならどうやっても「不安」は無くならない。しかし、「不安」はいつも将来だ。今生命の危機に瀕している人は「不安」ではなく、この危機をどう脱するかしか考えない。不安を感じる暇すらないはずだ。

▶︎「だからそういう生命の危機になってからでは遅いから、そういう「不安」に備えて今から何かしなければいけないんですよ!」と言われると、循環論法に陥ってしまう。

▶︎生命の危機の不安に備えて、不安になるんです!と言っているようなもの。

▶︎日記になっていないや。今朝はこれくらいにする。