生きていく読書

読書を生きていく糧に。そして理解しあえる世界に。

MacBook Airはやはり素敵だった。

いよいよ、いや、やっと冬らしい寒さになってきた。って今1月の中旬。2月の厳寒期が過ぎたらもう春だよ。

仕事は今日くらいから数日は閑散期。こういう時には本当は音楽聴きながら本読みたいが、仕事中はさすがにできない。来年からこういう日は有給休暇を取ろう。

 

さて、先週末にSurface3からMacBook Airの11インチに乗り換えた私ですが、若干目指している方向性指向性が違いながらも、次元の違いに驚いてしまった。

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surfaceの携帯性とタッチスクリーンの簡易性は認める。でも立ち上がりは圧倒的にMacBook Airの方が良い。いざ文章を書こうと思っても、surfaceは書く気には全くなれない。それはMacBook Airのキーボードを叩いたらわかった。

理屈じゃなく直感で動かせるからMacが優れているということだと思う。もちろん、同価格帯なのにプロセッサーのスペックの差もあるだろう。

Windows8.1の複雑さとアプリの中途半端さ。これも面倒臭さに輪をかける。

このブログは決してMicrosoftをdisるものではない。しかし、この決定的な違いには愕然とするものがある。

今年2016年2月には新たなMacBook Airが発表されるらしいが、11インチが消えるとの話も聞いていた。

私はこのコンパクトなサイズを元から好きなので、この際買ってしまおうと思ったのだ。

また私もマカーに戻ってしまっています。もう少し使い込んでからインプレもしましょう。

では今日はこれくらいにして。