生きていく読書

読書を生きていく糧に。そして理解しあえる世界に。

【読書】飛ばし読みと精読は相容れない?

昨日もジュンク堂書店で本を買ってきました。

 

店頭に並んでいた新刊に速読本が!

どんなものかと読んでみたら、

繰り返し読む、気になるところは何度も読む

そうだよね。やっぱり何度も読まないとね。と読み進めていたら、

 

座禅を組む、糖質・甘いものを制限する

 

ん!?

それって速読とかいう前に

心の状態や体調をよくする話であって、速読するとか読書するという話とはずれてるちゃう?

まあ、体調がよくなれば脳の働きがよくなるというのは道理だが、それを読書に特化されてもなあ…

 

と昨日立ち読みしていて思ったことです。

 

今日はそんな座禅の話ではなく、

飛ばし読みと精読は相容れないのか?という話。

読書の方法の意見が交わされる中で、

精読は重要。飛ばし読みではなく、ちゃんと精読してこそ読書の価値がある!

と仰る方も多いと見受けられます。

 

おおむね異論がないです。

ただ一つ思うのは、

飛ばし読みと精読は実は関連するものではないか?

ということです。

 

本を読む時に、

目次から一字一句読み進めて最終頁まで読み終えるという形で本の全体像を把握できる人がいるならば、それでOKだし、読み方に文句を言う必要もないことです。

これが精読というならば、異論はありません。

 

問題なのは、

精読しようとして、最初から一字一句読んでいて、結局途中で挫折していることが多いのに

マインドだけは「最初からちゃんと読まなければならない!」と思い込んでしまっている場合です。

 

そういう時に速読とか飛ばし読みとか言うと、そんな邪道なやり方は読書じゃない!と言われたりします。

(まあ、速読教室には怪しいところが結構あるので、否定できない部分ではありますが)

 

私は今年になって読書量が上がって読書時間も増えた理由は

本を頑張って読もうとしなくなった

最初は目次からざっくりと、何度も読んでいく中で細部まで読み込んでいく

あえて無理にわかろうとすることをやめた

(宇都出式高速大量回転法)

 

という形にがらりと変えたからなので、決して邪道ではないと思っています。

そもそも自分はざっくりと読んでいる意識はあっても、速読している意識はないのであえて速読とは書かないで行きます。

 

ざっくり目次読みから見出し読み、そして無理にわかろうとせず本文に少しずつ入っていく

これを速く読みながら何度も繰り返す

 

これが一連の高速大量回転だと思うのですが、

これって最終的に精読の段階に行き着くことになりませんか?ということです。

 

まあ、読書のやり方は自由なのでどんなやり方でも好きなように読むのが良いと思うのですが、お悩みの方があればご参考までに。

 

 

どんな本でも大量に読める「速読」の本 (だいわ文庫)

どんな本でも大量に読める「速読」の本 (だいわ文庫)

 

 

ちょっと横道。。 

速読幻想ってまだあるようで

久しぶりにサイト検索で「速読教室」とワード検索してみたら、まだ結構あるんですね。教室が。

今までの10倍速く読めるようになった!

1分間に1万字読める!

丹田を鍛えて呼吸法を整える!

潜在意識はまだまだ未開発だ!

 

はいはい。私もそういう文句に踊らされていたクチです。

こういう教室のサイトを見てもほとんどが、

何十倍速く読めるようになった!とかいうスペック論か、

1泊の合宿を乗り越えて速読できるようになった!とかいう根性論

なんですよね…

本来、「こういう本を沢山読みたいんです。」「読書が好きなのでもっとたくさん速く読みたいです」というニーズにこたえるべくあるはずが、

なぜかスペック論や根性論に置き換わってしまっているんですね。

私も以前書きましたが、速読教室に行った経験から、つまるところ

自分の知識以上の本を読む時は速読しても理解できていない

のですよね。

それに速読教室に通った人の感想に楽しく読書しているという感想がほとんど書かれていない。

こんなので本当の意味で読書のすばらしさを伝えているのでしょうか。根性で速く読めることができて、豊かになったことはあるでしょうか。

むしろ読書で豊かになった話より、

頭の回転がよくなったとか、ポジティブ思考になったとか、読書とは関係ないところが強調されていたり、

速く読みたいと思っている人こそ、実は本を読むことがあまりしてないという話もあったり…

速読教室に通うお金と時間があったら、

まず読みたい本を買って読書時間に充てる方が賢明というのが私の現在の意見です。

できれば宇都出さんの本も買って読むとよりよいとは思いますが。

 

独り言でした。